東京地方裁判所 平成3年(ワ)17385号 判決
原告 土田千恵子こと 安田千恵子
右訴訟代理人弁護士 高橋直治
被告 小澤敏彦
主文
一 被告から原告に対する東京法務局所属公証人山崎宏八作成昭和六三年第三〇二〇号建物賃貸借契約公正証書に基づく別紙目録≪省略≫第四記載の電話加入権に対する強制執行に係る部分の訴えを却下する。
二 同公正証書に基づく別紙目録第二記載の電話加入権に対する強制執行を許さない。
三 当裁判所が平成三年一二月六日にした強制執行停止決定のうち、当庁平成二年(ル)第五二一八号事件に係る部分を取り消し、同年(ル)第五二四四号及び同年(ヲ)第六八一八号事件に係る部分を認可する。
四 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その一を原告の負担とする。
五 この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。
理由
一1 請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。
2 本件記録によれば、原告は当初、「被告は、本件公正証書に基づき、当庁に対し、強制執行の申立てをし、同裁判所は、別紙目録第二及び第四記載の電話加入権に対し差押命令及び売却命令(平成二年(ル)第五二四四号、平成三年(ヲ)第六八一八号、平成二年(ル)第五二一八号)を発した」として、本件公正証書に基づく右強制執行を許さないとの宣言を求めていたが、その後、平成四年九月一一日の本件口頭弁論期日において、請求の趣旨及び請求の原因を、前示のとおり、別紙目録第二及び第四記載の電話加入権に分けてそれぞれに対する強制執行の排除を求める旨訂正の申立てをしたことが明らかである。
被告は、右訂正申立ては請求の基礎を異にする訴えの変更に当たり、これに異議がある旨主張するが、右訂正前の請求の趣旨と訂正後のそれは、本件公正証書に基づく別紙目録第二及び第四記載の電話加入権に対する強制執行の排除を求める点で同一のものであり、後者は前者をより正確にしたものにすぎないことは、その主張自体及び証拠(≪省略≫)に照らし明らかであるから、右訂正申立ては訴えの変更に該当しないものというべきである。
二 被告の本案前の抗弁について
1(一) 被告は、請求異議の訴えは債務名義の執行力を排除することを目的とするもので、現実になされた具体的な執行行為の排除を求めるものではないから、被告が電話加入権に対して行った強制執行の排除を求める本件訴えは不適法であると主張する。しかし、なるほど請求の異議は、本来債務名義の執行力自体の排除を目的とするが、この目的のほか、具体的な執行行為がなされた場合、民事執行法三五条に基づき、右執行行為の排除を求める請求異議の訴えを提起することも許されるものと解すべきである(大審院大正三年五月一四日判決・民録二〇輯五三一頁)。
(二) 被告は、具体的な執行行為の排除を求める請求異議が認められるとしても、かかる請求異議の訴えが適法というためには、その請求の趣旨と排除を求める強制執行を停止する決定の主文は、本来一致しなければならないのに、本件訴えの請求の趣旨は、原告の得た強制執行停止決定の主文と異なっているから、本件訴えは不適法と主張するが、証拠(≪省略≫)によれば、右強制執行停止決定の主文は、本件公正証書「に基づく強制執行(当庁平成二年(ル)第五二四四号、平成三年(ヲ)第六八一八号、平成二年(ル)第五二一八号)は、本案判決において、この決定に対する裁判があるまで、停止する」というものであることが認められるところ、右主文と本件における請求の趣旨は、本件公正証書に基づく別紙目録第二及び第四記載の電話加入権に対する強制執行を対象とする点で同一のものであり、後者は前者をより正確にしたものにすぎないから、両者が異なることを前提とする被告の主張は理由がない。
2(一) 被告は、請求異議において、異議の事由が数個あるときは、債務者は、同時にこれを主張しなければならないのに、原告は、本件以前に、同一の債務名義である本件公正証書に関する請求異議の訴えを当庁に提起しているから、同一の債務名義に対する異議は右事件において主張すべきであって、これとは別に本件訴えを提起することは、民事執行法三五条三項、三四条二項に反し不適法であると主張する。しかし、証拠(≪省略≫)及び弁論の全趣旨によれば、被告主張の請求異議の訴えは、本件賃貸借契約に基づく平成元年七月分から平成二年三月分までの賃料及び管理費等の請求債権につき、有体動産(原告経営の店舗の什器備品)に対する強制執行の排除を求めるもので、本件の請求債権及び執行の対象が異なることが明らかであるから、原告が右訴訟とは別に本件訴えを提起しても、異議事由の同時主張を強制する前記規定に違反しないものというべきである。
(二) また、被告は、原告は本件公正証書の執行力を排除するには、一つの請求異議の訴えでその異議の事由を同時に主張すべきであるのに、異議の事由を細分化して、原告の強制執行毎に多数の請求異議の訴えを提起したうえ、それぞれにつき強制執行停止決定を得ているのは、異議事由の同時主張を強制する民事執行法の前記規定に違反するのみならず、本件訴えの提起は、右強制執行停止決定を得ることのみを目的とし、被告の執行を妨害するものであるから、訴権を濫用するものである旨主張する。しかし、弁論の全趣旨によれば、被告が本件公正証書に基づき行った多数の強制執行は、すべてその請求債権が異なるものであることが明らかであるから、原告が右各強制執行毎にその排除を求める請求異議の訴えを提起しても、異議事由の同時主張を強制する民事執行法の前記規定に違反しないことは、前示説示のとおりであり、このことのみから、原告が強制執行停止決定を得ることのみを目的とし、被告の執行を妨害する目的のため本件訴えを提起したものということはできず、他に本件訴えの提起が訴権を濫用するものと認めるに足る証拠もない。
3 次に証拠(≪省略≫)によれば、日本電信電話株式会社が平成六年七月一八日付で、被告に対し、別紙目録第四記載の電話加入権について、電話料金不払いにより、同年七月二九日限り、加入電話契約を解除する旨の通知をしたことが認められるところ、同目録記載の電話加入権は、右契約解除により同年七月二九日の経過とともに失効したことが推認される。したがって、本件訴えのうち、右電話加入権に対する強制執行の排除を求める部分は、訴えの利益を欠き不適法というべきである。
三 本件供託の効力について
1 原告が被告に対し、本件賃貸借契約に基づく平成二年六月分及び七月分の賃料及び管理費を支払う義務を負担したことは、当事者間に争いがない。
2 そこで、再抗弁について検討することとする。
(一)(1) 証拠(≪省略≫)によれば、原告は、被告との間において、本件賃貸借契約に基づく賃料及び管理費の支払につき、被告の指定する本件口座に振り込んで支払う旨の合意をし、平成元年五月分までは第一勧業銀行新橋支店の原告名義の普通預金から自動引落しによる振込送金していたこと、原告は、平成元年五月一二日、同銀行から平成元年六月分の賃料及び管理費を本件口座に振込送金手続したが、富士銀行新橋支店において受領を拒絶され入金できない旨の連絡を受けたこと、原告は同日、同支店に問いただしたところ、被告の依頼により、本件口座が閉鎖されているとの回答を得たこと、原告と被告との間には、当時、原告が行った本件建物の改装工事をめぐり紛争があり、被告は、平成元年一月二〇日ころ、原告に対し、右改装工事は無断で行ったとの理由により、原状回復しないときは、本件賃貸借契約を解除する旨の通知をしていたこと、原告は、右通知と本件口座が閉鎖されているとの回答により、被告は、原告の提供する賃料及び管理費を受領しないものと判断し、平成元年五月二四日、東京法務局に対し、平成元年六月分の賃料及び管理費を弁済のため供託するとともに、原告訴訟代理人において、電話により被告に対し、振込先の銀行口座を指定してもらいたい旨の依頼をしたが、拒絶されたので、同月二八日ころ、再度書面により被告に対し同様の依頼をしたが、被告からはなんらの連絡もなかったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
(2) 他方、証拠(≪省略≫)によれば、本件口座は昭和六一年三月一一日に開設して以来解約されたことはないことが認められるが、被告が本件口座への振込入金を拒絶依頼したかどうかにつき、富士銀行新橋支店の従業員である佐々木一記の証人調書(≪証拠省略≫)によると、預金者から書面による入金停止依頼があれば、預金者の口座の入金を停止することができるし、すぐ再開もできる、自動振込による他行からの入金手続をすれば本件口座に入金になるはずで、それが入金できなかったのは預金者から入金停止の依頼があったからとも考えられると供述する一方で、同支店においては、預金者からの入金停止の依頼は受け付けないよう指導しているので、被告から入金停止の依頼はなかったかのようなあいまいな供述をし、同人の供述からは、平成元年六月分の賃料等につき、原告から本件口座への振込入金ができなかった理由を明らかにすることはできない。
(二)(1) ところで、本件賃貸借契約に基づく原告の賃料等の支払については、原告の右給付の実現ないし完了のためには、被告の受領という協力行為を必要とするのであるから、かかる債務者が単独で実現できない給付については、債務者は、①債務の本旨に従った弁済の提供(現実の提供)をするか、②債権者が予め債務の受領を拒んでいる場合には、その給付の実現に必要な準備をして債権者に通知(口頭の提供)すれば、債務者は債務不履行の責めを免れ、③債権者が受領しない意思が明確である場合には、口頭の提供をしなくても債務不履行の責めを免れるものであり、更に右③の場合には、現実の提供はもとより口頭の提供も要せず弁済のため供託することができ、これにより債務は消滅するものと解すべきである。
(2) 本件においてこれをみると、原告は、従前どおり合意に従って、平成元年五月一一日、平成元年六月分の賃料及び管理費の支払のため自動振込による送金手続を行い、その原因は明確ではないものの、本件口座に入金できなかったこと、原告は、第一勧業銀行新橋支店において受領を拒絶され入金できない旨の連絡を受け、同日、同支店に問いただしたところ、被告の依頼により、本件口座が閉鎖されているとの回答を得たので、原告訴訟代理人において被告に対し、電話及び書面により、振込先の銀行口座を指定してもらいたい旨の依頼をしたのに、被告はこれに応じなかったこと、原告と被告との間には、当時本件建物の改装工事の承諾をめぐって紛争があったことは、前示認定のとおりである。そして、再抗弁2の事実は当事者間に争いがない。
(三)(1) 被告は、本件賃貸借契約において、賃料及び管理費は被告の住所に持参又は送金して支払う旨の約定があるところ、原告は、平成二年六月分及び七月分につき、被告の住所において現実の提供はもとより口頭の提供もしていないから、供託原因がない旨主張するが、右認定事実に照らすと、被告は、口頭の提供をしても右賃料等については受領しないことが明らかであると認めることができ、したがって、原告は、現実の提供はもとより、口頭の提供をしないで直ちに弁済供託することができるものというべきである。
(2) また、被告は、原告が平成二年七月分の賃料及び管理費を弁済供託したのは、同年六月二〇日であって、弁済期である同年六月一二日の翌日から右供託日までの日歩七銭の割合による約定遅延損害金が供託されていないと主張する。しかし、弁済のための供託は、その供託内容が債務に本旨に従ってなされることを要し、金銭債務の場合、履行期以後に弁済するには元金に遅延損害金を付加して供託することが必要であるが、被告が口頭の提供をしても右賃料等については受領しないことが明らかであることは、前記認定のとおりであって、原告は右賃料等について、弁済の提供をしなくても債務不履行の責めを免れるものというべきであるから、前示説示により、原告が右遅延損害金を加えずにした本件供託は無効といえないものである。
(3) 被告は、原告の主張する供託原因と、本件供託の供託書に記載されているそれとは異なるから、本件供託は無効である旨主張するが、前掲≪証拠省略≫によれば、被告主張の記載に続き、「受領しないことが明らかである」との記載があることが認められるところ、原告は本件供託を行った理由として、被告が右賃料等を受領しないことが明らかである旨主張しているのであるから、その主張と右記載との間には差異はないものというべきである。
(4) また、被告は、本件供託金の取戻請求権に対し債権差押命令及び転付命令を得て、平成二年六月分は同年一一月五日、同年七月分は同年一〇月一七日、これを取り戻したから、本件供託は当初からなされなかったものとみなされると主張するが、原告が、平成二年六月分及び同年七月分の賃料等の弁済に充てることを指定して有効な弁済供託をした以上、被告が別個の債権に基づき供託金取戻請求権に対し強制執行をすることによって自ら供託金を取り戻し、弁済供託の効果を覆すことは、原告の弁済充当すべき債務を指定する権限を認めた民法の規定に反し許されないものと解すべきである。
したがって、被告の右主張はいずれも採用することができない。
(三) そうすると、原告の本件賃貸借契約に基づく平成二年六月分及び七月分の賃料及び管理費の支払義務は、本件供託により消滅したものというべきであるから、原告の再抗弁は理由がある。
四 以上のとおり、本件訴えのうち、別紙目録第四記載の電話加入権に対する強制執行に係る部分は不適法として却下すべきであるが、同目録第二記載の電話加入権に対する強制執行の排除を求める原告の本訴請求は、正当として認容すべきものというべきである。
よって、主文のとおり判決する(なお、被告の仮執行宣言の申立ては却下する。)。
(裁判官 長野益三)